不快を感じるのは、誰なのか

こんにちは。私のブログへようこそ。

さて、皆さんは日常の中で、どんな「嫌なこと」がありますか?

仕事をしている方なら上司との人間関係、
仕事以外でも、知人や親族との関係。
あってほしくない出来事や、どうしても許せない誰か。
私たちは日々、さまざまな不快な体験をします。

では、その「不快さ」は誰が体験しているのでしょうか?
私自身でしょうか?
――実は、ここが〈安心〉を生み出す大きな分かれ道になります。

不快さを感じているのは、実は“自分そのもの”ではなく、
“自分の中の自我(エゴ)”なのです。
「自分の存在」と「自我(エゴ)」はまったく別のものです。

エゴはプライドを持ち、不快な状況から逃げようとします。
本来の“私”は、ただ体験をしているだけなのに、
エゴがその体験に“自分の都合”で意味づけをして、
さまざまな世界を創り出していきます。
その創り出された世界が、あなたにとっての“不快”や“喜び”の出来事となるのです。

私たちは肉体を持って生まれることで、二元の世界に入り込みます。
体験を通して思考し、理解し、納得し、知識を得ていく。
そうして価値観やルールを作り出し、「私という概念」を築いていくのです。

肉体を持つ限り、体験し、思考し、感情が湧くことは自然なこと。
日常とは、その体験を通して“自我の強さ”や“偏り”を知っていく場でもあります。

だからこそ、嫌なことが起きたときには、
その出来事に巻き込まれるのではなく、
「自分だと思っている〈自我〉が何を起こしているのか」に気づくことが大切です。
そして、その〈自我〉を静かに眺めてみてください。
それが「自分の内側と共にいる」ということです。

外側の出来事ばかりに意識を取られていると、
出来事と感情が混ざり合い、エゴと自分の区別がつかなくなってしまいます。
でも、出来事ではなく“自分の内側の体験”に目を向けることで、
エゴの自分を切り離すことができるようになります。

やがて、エゴの抵抗やプライド、それに伴う感情も、
「ただ起きていること」として見えてきます。
〈本来の自分〉と〈経験で作られた自我の自分〉を混同しないことで、
日常で起きる不快な出来事と自分自身を、一体化させずにいられるようになりますよ。




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この記事を書いた人

ゲシュタルトワークショップや表現アートセラピーを使っったワークショップを開催。心理学と非二元の真理を使いながら『毎日を安心して暮らしていく自分を創る』をテーマに活動している。
ゲシュタルト療法においては、現在は日本ゲシュタルト療法学会の理事として、ファシリテーター育成委員と研修委員を務める。

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