【Blog】この世界から排除するものは何もない

こんにちは。私のブログにようこそ。
最近は一気に涼しくなって、肌寒いぐらいですね。
私の住んでいる鹿嶋は、お盆からの長雨で残暑もなく、そのまま秋になっちゃいました。
例年とは違って、季節がおかしな進み方をしているので、私の感覚もなんだか変な感じです。
こうやって〈私〉と云う人は、環境から影響を受けています。
これは自然環境だけではなく、人間関係や出来事にも影響を受けていますよね。

私と云う人間は環境から影響を受けているけど、見方を変えると、環境の中の一部に〈私〉と云う存在が居るって事なのよね。
私と環境は、別々に分かれているんじゃなくて、一つの世界になっているんですよね。
「世界」と云ってもいいし、「宇宙」と云ってもいいんだけど、もっと現実的に云うと、今ここで「起きている現象」は全部、一つの出来事として今この瞬間に起きているんですよね。

自然の中で起きていること。
人が目の前にいる事。
誰かが喋っていること。
聞こえてくる音。
そして、私と云う人の心の中で起こる感情や、私と云う人から湧き上がってくる思考。
全部ぜんぶ、ただ今、この世界に起きていることなんですよね。
でも〈私〉と云う人は、自分の身体の中で起きていることを「私のもの」として、自分だけの事のように捉えています。

「私の悲しみ」
「私の不安」
「私の怒り」
「私の考え」
そして、それが自分の中から出てきたものだから、自分のせいだと思ってしまう。

「こんなことを思っちゃいけない」
「こんなふうに感じている私がダメな人」
「どうにかしなくちゃ」ってね。

でもね。
感情や思考も、自然に降ってくる雨と同じようなものなんですよ。

雨が降ってきた時に、
「私のせいで雨が降った」
「この雨を今すぐ止めなきゃ」とは思わないよね。

雨は、いろいろな条件が重なって、ただ降ってくる。
そして、いつか止んでいく。
私たちの中に湧いてくる感情や思考も、それと同じようなものなんですよ。

いろいろな出来事や、人との関係や、身体の状態や、これまでの経験や、その時の環境。
いろんなものが重なり合って、悲しみが湧いたり、不安が湧いたり、怒りが湧いたり、いろんな思考が出てきたりする。
それなのに〈私〉は、それを全部「私のもの」にして、自分を責めたり、どうにか変えようと奮闘しているんですよね。
まぁ、それすらも、この世界で起きている奮闘だからいいんだけどさ~。
でも、できればそんな苦しみから少し離れたくない??

さてさて、ここからが少しややこしいところです。
私たちは普通、
「ここに私がいて、外側に世界がある」という感覚で生きています。
そして、
「私が悲しんでいる」
「私が不安になっている」
「私が苦しんでいる」と感じています。

もちろん、その苦しみを無かったことにする必要はありません。
むしろ私は、一旦は〈私〉と云う個人が感じている苦しみと、ちゃんと一緒にいる段階が必要だと思っています。

悲しかったら、悲しい。
怖かったら、怖い。
腹が立っていたら、腹が立っている。

まずは、それを無くそうとしないで、そのままの自分と一緒にいる。
これが最初のステップなんですよね。
そして、自分の中にあるものを少しずつそのまま受け止められるようになると、今度は自然と、もう少し広いところから自分を見る視点が現れてきます。

「あれ? この悲しみって、私がわざわざ作ったものなのかな?」
「気がついたら、もうここにあったよね」って。

そうすると、
「私が悲しんでいる」から、「今、悲しみがここにある」という見え方に、少しずつ変わってきます。

悲しみが無くなるわけじゃないし、不安が無くなるわけでもないんです。
ただ、それを「私そのもの」として握りしめなくてもよくなってくるんですよね。

私は、この違いは「視点の違い」なんだと思っています。
悲しみの真ん中にいる時は、「私は悲しい」という世界を体験しています。
でも、少し視点が広がると、「今ここに、悲しみというものが起きている」と見ることができます。

そして、もっともっと視点が広がっていくと、
聞こえている音も、
目の前にいる人も、
風が吹いていることも、
身体の感覚も、
湧いてくる思考も、
悲しみも喜びも、
全部が同じように、今この瞬間、この世界に現れていることだと見えてくる。

そこには、「内側の私」と「外側の世界」という境界さえ、本当はそんなにはっきりしたものではなかったんだなぁ……って。
このような視点の変化が、『目覚め』と言われているものの一つなんじゃないかな、と私は思っています。
そして、「同一化から離れる」というのも、感情を無くしたり、思考を止めたりすることではなくて、

「これが私だ」
と握りしめていたものから、ほんの少し手を緩めてみることなんです。

だから、いきなり「私はいない」とか、「全部一つなんだ」と思い込もうとしなくてもいいんです。
まずは、自分の中にあるものを排除しないこと。

悲しみも、
不安も、
怒りも、
喜びも、
どんな感覚も、
どんな自分も。

「ああ、今これがあるんだな」って、そのまま一緒にいてあげる。
まずは知識だけでもいいから、この世界はご自分も含めて、それで一つになっていると意識してみてね。

あなたの存在も、
あなたの中に湧き上がってくる感情も、
思考も、
身体の感覚も、
全部、この世界の中に今、現れているもの。
どんなことも、除外するものは無いって事を知っておいて欲しいです。
「全部あっていい」って知っておくだけで、少し楽になれればそれでいいですよね。

嬉しい自分も、悲しい自分も、
不安になっている自分も、怒っている自分も、
どうしていいか分からなくなっている自分も。

それを無くそうとしなくていいし、
違う自分になろうとしなくてもいい。

だって、それも全部、
今この瞬間、この世界に起きていることだから。

この世界から排除するものは何もない。

もちろん、あなたもね。
今日も、今ここにいる自分と一緒に過ごしてみてね。


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この記事を書いた人

ゲシュタルトワークショップや表現アートセラピーを使っったワークショップを開催。心理学と非二元の真理を使いながら『毎日を安心して暮らしていく自分を創る』をテーマに活動している。
ゲシュタルト療法においては、現在は日本ゲシュタルト療法学会の理事として、ファシリテーター育成委員と研修委員を務める。

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